嘉木園の歴史

江戸末期より、初代徳右衛門がお茶そして絹を扱う貿易商として隆盛をきわめ、二代目仁三郎がその後の苦難苦境を乗り越え、大正9年三代目(豊三郎)が茶専業の小売商として再起をはかり、“嘉木園”の実質的な創業となりました。
 
当時は、茶問屋“堀江嘉木園本店”という屋号で京都宇治にて商いを開始し、しばらくし三重へと拠点を移し、現在の名古屋と岐阜での茶の製造販売に至る。
三代目・四代目(清)が、岐阜の白川町という地を訪れた際、地元の“白川茶”を絶賛し、今後の商圏を関西から中京圏に移し、この白川茶を中心に商いをすべく、昭和23年に合資会社嘉木園を設立。

三代目豊三郎の時に、小さな小売店での営業を開始。
当時は、小売店なども少なかったので、リアカーに大型の茶箱を載せて地場の商店や卸業者への行商を行っていたようです。
その後、販売エリアが広がり、特に信濃方面へのお茶の供給が増加。



その後、昭和48年に名古屋に本社ビルを新設、翌年に岐阜県白川町に自社工場(白川工場)も新設致しました。

白川茶の取り扱いを始めてから、今年でおよそ70年となっておりますが、創業以来、“健康を考える”、“お茶という文化”を“いま”という時代にふさわしい形で引き継ぎ、お客様に提供していくことを目指して参りました。